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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2875号 判決 1975年12月26日

控訴人・附帯被控訴人 渡辺正保

被控訴人 宗教法人浅間神社

被控訴人補助参加人 国

訴訟代理人 伊藤螢子 上林淳 ほか二名

被控訴人・附帯控訴人(当事者参加人) 大森虎三 ほか二八三名

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人、附帯控訴費用は当事者参加人の各負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決末尾添付物件目録記載の土地(以下本件山林という)につき、建物並びに竹木所有を目的とする存続期間昭和三六年四月二九日から同六六年四月二八日までの三〇年間、地代一ケ年坪当り三〇円、地代支払時期毎年三月一〇日、但し地代は地上権設定本登記完了の日から起算する約旨の地上権を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し、甲府地方法務局吉田出張所昭和三六年九月九日受付第四、二三号をもつてした地上権設定仮登記の本登記手続をせよ。被控訴人は控訴人に対して本件土地を引渡せ。第一、二審を通じ控訴人と被控訴人との間に生じた訴訟費用は被控訴人の負担とする。当事者参加人らの請求を棄却する。第一、二審を通じ控訴人と当事者参加人との間に生じた訴訟費用は当事者参加人らの負担とする。当事者参加人らの附帯控訴を棄却する。」との判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を、当事者参加人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。附帯控訴の趣旨として原判決中当事者参加人ら敗訴部分を取消す。控訴人は、本件土地に当事者参加人らが立入り、その地上の立木の下刈り、下草刈り及び転石の採取を行うのを妨害してはならない。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決をそれぞれ求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は左記のほかは原判決の事実摘示と同一である(但し原判決二四枚目裏五行目から六行目にかけて「原告主張の如く」とあるのを「当事者参加人ら主張の如く」と改める)からこれをここに引用する。

一  控訴代理人は、次のとおり述べた。

(一)  (被控訴人との間の地上権設定契約について)

(1)  控訴人と被控訴人との間に昭和三六年四月二九日本件山林についてした控訴の趣旨記載の本件地上権設定契約の締結にあたつては、被控訴代表者が当該契約書に署名捺印していることはもちろん、被控訴神社所有地の処分については氏子総代たる山中区長が有志会の決議を得ることを要する旨の山中区条例に従つて、区長は有志会を招集し、全会一致の賛成を得たうえで、区長が有志会を代表し、有志会から権限を委任された氏子総代五名とともに契約書に署名捺印したものであつて、本件契約の効力に欠けるところはない。

(2)  本件山林は、後記のように被控訴人の所有権取得登記が存することにより、被控訴人の所有であることが登記上推定されるのみならず、実質的にも被控訴人の所有である。すなわち、本件山林は、明治初年の官民有区分により官有地に編入され、国から山梨県に払い下げられ、更に大正六年五月二一日同県から中野村に払い下げられて同村の所有となつた。そして、同村では村議会の決議により本件土地を山中区の氏神である浅間神社に転売することとなり、当事者参加人らの一部を含む山中地区住民が戸別割平均約二〇円を被控訴人のために拠出して同村からこれを買受けて被控訴人に対する所有権移転登記を経由したことにより、被控訴人の所有に帰した。

しかし、右経緯からすると、被控訴人は、本件山林を取得したとはいえ山中部落民に無断で自らの独断で本件土地を処分することは妥当でないので、同部落民は前記山中区条例を作成し、神社所有の不動産を処分するには予め同部落民の有力者を構成員とする有志会の決議を得ることを要するものとしたのである。

なお、本件山林が被控訴人の所有であり、地元においてもこのことは自明のこととされていたものであることは、昭和三六年当時本件山林の一部を防衛庁山中クラブ敷地として防衛庁(国)に賃貸するにあたり、有志会で賃貸の決議をしたうえ、当初は山中区長が契約締結者となつたが、被控訴人の抗議によりのちに右区長を立会人として被控訴人との間の賃貸契約に改めたこと及び山中部落民は被控訴人の前記所有権取得以後においていつでも被控訴人と合意のうえで部落各戸の共有登記を経由できたのにかかわらずこれを放置してきたこと、有志会全員が本件契約締結を承認したこと等によつても明らかである。

(3)  仮りに、本件土地が山中部落の所有であつたとしても、同部落と被控訴人との間には本件山林の取得及びその管理について密接不可分の関係があり、前記被控訴人の所有権取得登記の経由により同部落は本件山林を被控訴人に信託的に譲渡したというべきであるから被控訴人は本件山林の信託的所有者である。従つて、被控訴人らの主張する神社名義の土地の処分につき部落民全員の同意を要するという制約も右信託行為に表示されていない当事者内部間の制約であつて、これをもつて第三者に対抗できないのであるから、被控訴人は控訴人に対する関係では完全な所有権者として本件山林を処分できるものである。

(4)  仮りに、本件土地が山中部落の所有であつて、単に登記簿上被控訴人の所有名義としたものであり、被控訴人が所有権を有しないものとしても、右登記は中野村、山中部落及び被控訴人の三者による通謀虚偽表示によるものであるから、民法第九四条第二項の類推適用により、被控訴人に本件山林の所有権が移転していないことをもつて、善意の第三者たる控訴人に対抗できないものである。

(5)  本件土地の所有者が被控訴人であることは、第一審においては当初当事者間に争いがない事実であつたのに、被控訴人、当事者参加人らは第一審弁論終結間際になつて突如として本件土地の所有者は被控訴人ではなく山中部落であると主張するに至つたものであるが、右主張は自白の撤回にあたり、控訴人は右撤回に異議がある。

(二)  (当事者参加人らの参加の不適法について)

当事者参加人が本件土地の使用収益権を有することの確認を求める訴えは、とりも直さず入会権を内容とする訴えにほかならないところ、入会権は一定の地域の住民が一団となつて有する権利であり、個々の住民は持分権を有しないものであつて、入会権の主張は右住民が一団となつてのみ第三者に主張し得るものであるから、入会権の存在を主張する訴訟は入会権者全員を当事者とすべき固有の必要的共同訴訟というべきである。しかるに本件選定者合計二八四名のうちには入会権者と認められない者が数一〇名含まれているばかりでなく、入会権者でありながら本件訴訟に参加していない者も数一〇名に及んでいるのであるから本件参加申立ては当事者適格を欠くものとして不適法である。

また、若し、当事者参加人らの請求が、入会権自体の確認請求ではなく、入会権を前提とし、これから発生する支分権たる使用収益権の確認請求であるとしても、入会権者たる部落民が個人として有する使用収益権は持分権ではないから、個々の入会権者は入会権の内容である使用収益権を対外的に主張してその確認を求めることは許されない。

(三)  (山中部落の入会権について)

(1)  本件土地には古来より共有の性質を有する入会権は存在しなかつた。

被控訴人らの主張する明治七年六月山中村総計簿にある「村持」の記載は、「村所有」を意味するものではなく、右総計簿も旧幕時代の村差出明細帳にあたる単なる報告書であつて、「山林原野等官民有区別処分派出官心得書」第一条にいう「公証トスベキ書類」ではない。

(2)  本件山林について山中部落の入会的収益行為は存在しない。すなわち、本件山林中の樹木は大正末頃山中部落の羽田万作が入札により買受け、皆伐し(現生の檜はその伐根から萌芽したものである)、薪木として部落内外に売却したのであつて、建築用材の入会収益はなく、また燃料薪木の採取の入会とは燃料を直接共同採取し、これを自ら使用する権利をいうのであるから右羽田の行為をもつて入会権の行使とはいえず、部落民の下刈、小柴刈等の行為はそれ自体共同収益を目的とするものではなく樹木撫育のための準備行為にすぎないから入会権の行使ではない。本件山林には肥料、飼料に適する草地はなく、堆肥のための草刈りは他に適当な草刈場があつて本件山林には入会慣行はなく、また、転石採取の形跡すらないのであり、被控訴人らが<証拠省略>をもつて主張する入会的収益行為は神社有地に対する氏子の労務寄進にすぎない。

仮りに、事実上右下草刈り、小柴刈り、転石採取の行為があつたとしても、適法な共同収益とみられる形跡はなく、ことに本件山林が被控訴人所有となつて後は立入りを厳禁されたのであつて共同の利用収益は不可能となつたばかりでなく、大規模な観光立村施策の進んだ近時の現況においては、本件山林に対する入会慣行は自然消滅し、部落民はすでに完全に入会権を放棄しているものである。

(3)  仮りに、過去において本件山林について山中部落民の入会権が存したとしても、前記官有地編入処分により入会権は消滅したことは従前主張したとおりであり、そこで引用した大正四年三月一六日大審院判決は昭和四八年三月一三日最高裁判所の判決によつて一部変更されたけれども、本件においては、本件山林が官有地に編入されてからは山中部落の統制はなくなり、入山を制限され、借地料を支払わなければ樹木栽培が出来なくなつたのであるから、右最高裁判決によるも本件入会権は消滅したといえるものである。

二  被控訴代理人は、控訴人の主張に対応して次のとおり述べた。

(一)  (被控訴人との間の地上権設定契約について)

(1)  被控訴人代表者、山中区長及び氏子総代五名が本件「土地賃貸借契約書」と題する書面に署名捺印したことは認めるがその余は知らない。なお、山中区条例なるものは存在しない(もつとも、かつて昭和三三年頃「区条例」の名の下に山中区の運営についての規則を定める動きはあつたが、旧慣と異なる規定があるとの反対があつて立ち消えになつたことはある。)。

(2)  本件山林が被控訴人の所有名義をもつて登記された経緯については認めるが、所有権の移転・取得については否認する。本件土地は、被控訴人名義となつた後も、部落民総有の入会地として部落民が共同管理してきたものであり、入会地の重要な管理処分については、部落民全員の同意によつて行われて来たものであつて有志会の決議のみによつてこれをなし得るとした慣行は全く存しない。なお防衛庁クラブに賃貸した土地は「山中字御所一二番」の土地であつて、本件山林の一部ではない。

(3)  本件山林を被控訴人名義に登記したのは、部落名義では登記権利者としての資格を欠き、部落民全員が入会権者として共有の性質を有する入会権の総有関係を登記する方法がないため、やむなく単に登記の便宜からしたにすぎず、信託的譲渡があつたとはいえない。

(4)  本件山林が前記中野村へ払下げになつたのは、その当時山中部落は、平野部落、長野部落と合併して中野村の一部落となつて行政区画たる意味を失ない、払下げ資格を欠いたため、一旦中野村において払下げをうけ、後に何らかの形で山中部落の実質的所有になるよう内部的に措置する話し合いがまとまつたからであり、後に山中部落民は、全戸各金二〇円宛で払下代金を拠出して同村から払下げを受け、山中部落の総有地であることを登記簿上表示するための便法としてやむなく氏神である被控訴人神社の取得名義としたものであつて、山中部落民と被控訴人との間には通謀による所有権移転の意思表示は全くないから、民法第九四条第二項は適用ないし準用される余地はない。仮りに、同条項の適用ないし準用があるとしても、控訴人は本件山林が被控訴人の所有でないことを知つていたもので悪意の第三者というべきである。

(5)  被控訴人は、本件山林の所有名義が被控訴人名義であることを認めていたにすぎず、その所有権の帰属についてまで認めたことはない。被控訴人が本件土地の処分権限がないとの主張については、控訴人は何らの異議なく弁論を進めているから仮りに右主張が自白の撤回にあたるとしても、控訴人は右撤回に同意したものである。

(二)  (山中部落の入会権について)

本件山林は、明治前より山中区(部落)住民が生計をたてるため、その小柴刈り、やといもやの採取、下刈り、溶岩・転石の採取を行つてきた入会地であり、前記払下げの経緯にかかわらず同部落民は、継続して右採取行為等を共同して行うとともに、部落民総有の土地として共同して支配管理し、管理処分については部落民全員の同意によつて行われてきたものである。

三  当事者参加人ら代理人は次のとおり述べた。

(一)  (被控訴人との間の地上権設定契約について)

本件契約について、有志会の全員一致の賛成は得られていない、また、本件山林が被控訴人の所有名義で登記された経緯についての控訴人の主張は認めるが、所有権の移転・取得については否認する。

(二)  (本件参加の適法性について)

当事者参加人らが本訴において確認を求める権利は、入会権そのものではなく、入会権に根拠をおく、入会構成員たる参加人らの利用権であつて、入会権そのものではなく右利用権又は支分権の確認を求める訴えを必要共同訴訟という必要は全くない。なお、本件山林の入会権者と参加人との間には数一〇名のくいちがいがあるということはない、控訴人は住民票の筆頭者による居住者数に従つているのであるが参加人選定者は、旧来の慣行により各「戸」の代表とされている者がなつているのであつて両者間に矛盾はない。

(三)  (山中部落の入会権について)

(1)  本件山林については古来から山中部落の入会慣習があり、右慣習は客観的に長期にわたり反覆され社会的に承認されてきたものである。

本件山林は、官有地編入までは山中村のいわゆる「村中入会」であり、これに山中村民のみが入会していた「共有の性質を有する入会」であり、官有地編入後大正六年の払下げまでは、土地所有権は国又は県にあつたので山中部落民の入会は「地役権の性質を有する入会」であり、右払下げ以後は、本件山林は実在的綜合人たる山中部落の総有に帰したから右入会は、払下げ代金を出捐した入会権者については「共有の性質を有する入会」であり、その余の入会権者については「地役権の性質を有する入会」である。

(2)  本件山林には、官有地編入後草木培養を伴う明白な慣行があり明治政府も山中部落の入会権を承認していたところであつて、本件山林の入会的利用についてはもちろん、その地盤についてまで山中区住民(部落)集団の規制が及び所有名義人たる被控訴人は地盤支配について何ら実質的権限を有しないのである。

(3)  本件山林に対する山中部落の集団的な管理機能は継続して厳存し入会権は消滅していないのであつて、控訴人の引用する最高裁判決の基準に従つても一貫して本件入会権は認められるものである。

四  証拠関係<省略>

理由

第一控訴人の本案前の主張に対する判断

(一)  控訴人は原審以来本件参加は専ら控訴人と被控訴人(神社)の間の訴訟を遅延させることを目的としてなされたものであるから却下すべきものであると主張しているが、本件における参加人らの請求の当否が本案における三者間の法律関係を解決する主要な争点であるばかりでなく、本件訴訟の経過に照らして本件参加が控訴人と被控訴人(神社)間の訴訟を遅延させることのみを目的としてなされたものとは解せられないから右控訴人の異議は却下を免れない。

(二)  控訴人は入会権の存在を主張する訴は入会権者全員が当事者となつてはじめてなしうる固有必要的共同訴訟であつて、本件における参加人らの請求は入会権の主張に外ならないところ、入会権者全員が当事者となつていないのであるから、本件参加人らの請求は当事者適格を欠き不適法であると主張するが、入会権者は入会集団の構成員として慣習に基づき集団的又は個別的に採草、採石、採枝、樹木の育成等の使用収益行為をなしうる権能を有するのであつて、右入会構成員が入会権の支分権として有する使用収益権につき争がある場合においては対外的又は対内的にその存在の確認を求める利益ないし必要のあることは共有権における持分の確認と何ら異るところがないものというべきである。本件における参加人らの請求は右入会権に基づく使用収益権の確認並びに保存行為としての地上権設定仮登記の抹消登記手続等を求めるものと解しえられないではないから、その当事者適格はこれを肯定するのが相当である。本件参加人らの請求が固有必要的共同訴訟の範ちうに属するとの控訴人の見解は当裁判所これを採用しない。

第二控訴人及び参加人らの請求の当否についての判断。

一  本件地上権設定契約の成否について。

本件山林が登記簿上被控訴人名義となつていること及び本件山林について控訴人のためにその主張する内容の地上権設定登記仮登記が経由されていることはいずれも各当事者間に争いがない。

控訴人は、昭和三六年四月二九日被控訴人代表者高村宇八との間に本件山林について控訴の趣旨掲記のごとき内容の地上権設定契約を締結し、なお、当時の山中区条例では、被控訴神社所有又は同名義の不動産の処分については同神社の氏子総代である山中区長が同区の有志会の決議を得ることを要するとの定めがあり、坂本区長はこれに従いその頃右手続を履践し、右契約締結につき有志会の全会一致の賛成を得るとともに同区長が有志会を代表し右契約にかかる契約書に神社代表者とともに署名捺印したと主張するので判断する。

当裁判所は、当審における新たな証拠をも併わせ検討するに、昭和三六年四月二九日控訴人と被控訴人代表者との間に、本件山林について控訴人の主張する前記内容の地上権設定契約が締結されたと判断するものであり、その理由は、左記を附加するほかは、原判決の理由説示(原判決二七枚目裏一行目から二九枚目表七行目まで)と同一であるからこれをここに引用する。

(1)  当審において提出された<証拠省略>、当審での<証拠省略>は、右引用部分における認定・判断を補強する証拠であり、同じく<証拠省略>も前記認定の妨げとならず、当審におけるその余の証拠についてはこれを詳さに検討するも右認定を左右するに足りない。もつとも、<証拠省略>には、「不動産(土地)賃貸借契約書」、「土地の賃貸」、「土地の賃料」、「賃借料」等の文句を用いた記載箇所が存するけれども、他方本件山林についての「地上権設定登記」なる文言も明記されており、加うるに<証拠省略>によると、控訴人と被控訴人代表者及び山中区長らとの間の当初の交渉段階では、本件山林の賃貸借ということで契約案が控訴人に示されたことはあつたが、種々交渉の過程の中で控訴人側では本件山林内に一〇数億を投入して工場施設を建設し、地域開発を図る予定を立てていたため、本件山林に設定する権利内容は確実で永続的なものとすることを強く要望するに至り、前示契約時点ではその旨被控訴人代表者に説明し、かつ、地上権設定登記を経由することの同意を得てはじめて前記<証拠省略>が作成され、しかも地代の前渡金五〇万円が交付されたことを認めることができ、これを左右するに足りる証拠はないから、前記各記載文言の存することは、<証拠省略>による契約の趣旨が、賃貸借を内容とするものではなく、前示内容の地上権設定を内容とするものであるとの認定・判断の妨げとはならない。

(2)  <証拠省略>に前記認定事実を総合すると、前記地上権設定契約にあたり、坂本好治は「山中区民を代表する区長として」、高村大蔵、羽田吉三、槌屋保太郎、高村正雄はいずれも「神社責任役員兼氏子総代」として、被控訴代表者とともに契約当事者として当該契約書に署名捺印したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  本件地上権設定契約の効力。

控訴人は、本件山林は被控訴人の所有地であると主張し、被控訴人及び参加人らは本件山林は山中部落民の総有に属する土地であつて、同部落民に総有の性質を持つ入会権があり、従つて被控控訴人には単独で本件山林を処分する権限がないと主張するので判断する。

(一)  控訴人は、被控訴人及参加人は第一審において当初控訴人の右主張を認めていたのに、口頭弁論終結間際になつて右自白を撤回し前記各主張をするに至つたもので、右自白の撤回には異議があり、本件山林が被控訴人の所有に属することは争いのない事実として判断すべきであると主張する。よつて、本件記録を精査するに、被控訴人ら及び参加人は、第一審口頭弁論において当初から本件山林の所有名義が被控訴人名義であることを認めていることは明らかであるけれども被控訴人の所有地であることまでを明確に認めた形跡はないばかりでなく、被控訴人の「本件土地の実質的所有者は、被告神社ではなく、山中区民を構成員とする山中組の総有的支配に属する部落有地である。」との主張を記載した昭和四二年三月三〇日準備書面は、同日の口頭弁論期日に提出されたのち三回の口頭弁論期日を経て同年七月三一日の最終口頭弁論期日において、同様趣旨を記載した同年四月二〇日付準備書面(同月二一日の口頭弁論期日に提出)とともに陳述されたところ、控訴人(本人及び訴訟代理人二名出頭)は、これに応じて「右主張を争う。原告の従前の主張に反する部分はすべて否認する。」旨陳述しているのであつて、右主張について何らの異議を申し立てていないこと、また、参加人は本件参加の当初から本件山林が山中部落の入会地であることを主張し、就中「本件土地は山中区民の総有として入会が行われてきた」旨の主張を明記した昭和四〇年七月五日付準備書面は同日の準備手続期日において陳述されたのに以後いずれの期日においてもこれについて異議の申し立てがないことがいずれも明らかであつて、上記の弁論経過からすると、仮りに被控訴人らに自白の撤回にあたる主張がなされたとするも控訴人は右各主張に異議なく弁論を経たことによりこれに同意したものというべきであり、また、右主張をもつて信義に反するものともいえないから、控訴人の右主張は理由がなく採用のかぎりではない。

(二)  そこで、本件山林の所有権の帰属及び入会権の存否について、当審における各当事者の陳述及び新たな証拠調の結果をも斟酌しさらに検討するに、当裁判所は、本件山林は、登記簿上は被控訴人の所有名義となつているものの、その実質においては実在的総合人たる山中部落の総有に属するものであるとともに、山中部落民は本件山林に対する草、小柴及び転石の採取を内容とする入会権(使用収益権)を有するものであつて、被控訴人は本件山林について何らの処分権限を有していないから控訴人が被控訴神社代表者と締結した本件地上権設定契約はその効力を生じないものであり、また、前記山中区長及び氏子総代四名の署名捺印行為をもつて、同人らが山中部落の代表者又は同部落民の有志会の代表者として本件地上権設定契約を締結し、又は被控訴人の前記契約締結に承認を与えたものとしても(なお、有志会の権限について、控訴人は「山中区条例」の存在を前提とした主張をするけれども、<証拠省略>によると、「山中区条例」(<証拠省略>)なるものは、昭和三四年頃山中区において基本財産の管理等について成文の制定をしようという動きがあつて、起草委員において区民全員の賛成を得るために作成した条例案であるにすぎず、しかも右草案中には従来の慣行と異なる条項が存する等の異議も多くあつて、結局、相当数の賛成署名はあつたものの全員の賛成を得るには至らず、そのまま立ち消えになつてしまい、また現実の運用も右草案のとおりには行われていないことが認められるのであつて、これを左右するに足りる証拠はないから、控訴人の主張する条例は適法に成立していないというのほかない。)、これらについて山中部落民全員一致の賛成を得ていないことが明らかであるから、本件契約はその効力を生じないと判断する。その理由の詳細は左記を補足追加するほかは、この点に関する原判決の理由説示(原判決二九枚目表八行から五四枚目裏七行まで)と同一であるから、これをこゝに引用する。

(1) 当審で新たに提出された<証拠省略>は、前記引用にかかる原判決の認定・判断を補強する証拠であり、<証拠省略>は右認定の妨げとならず、<証拠省略>中前記認定・判断に反する部分は前掲各証拠並びに原判決の採用する各証拠に照らして措信することができず、他に右認定・判断を左右して控訴人の主張を肯認しうる証拠はない。

(2) 控訴人は、本件山林は明治初年頃山中部落の「村持」の土地ではなく、原審における鑑定人川島武宣、渡辺洋三及び石井良助の各鑑定において本件山林が旧山中村の村中入会地であることの根拠に掲げられている山中村「総計簿」は単なる報告書であつて、山林原野等官民有区別処分派出官心得書第一条にいう「公証トスベキ書類」には当たらないから右「総計簿」の記載をもつて本件山林が山中村の村中入会地であることの証左とはいえない、また、元文元年(西暦一七三六年)一二月六日のいわゆる「元文裁許」によれば山中村には「持山」があるとの証拠はないとの裁決が下されているのであるから「村持」の山は存在しなかつたと主張するけれども、原審での石井鑑定の結果及び川島・渡辺鑑定書添付の「山中区入会関係史料集」二、近代文書篇〔史料四〕の総計簿によると、同鑑定及び石井鑑定において本件山林に当たるとされる「石地五ケ所村持」(その内訳欄の記載では「石地外五ケ所村持」となつている)なる記載は、「村方畑屋敷地其外切添地開共縄伸之類迄一筆限」その反別・代価について「持主立会」の下に「詳細取調」の結果明らかとなつたのでその旨を明治七年山梨県令宛に提出したのであつて、右土地が「村持」であることは山中村においては明白なことと認識されていたにとどまらず、さらに<証拠省略>によると、明治政府は「北畠八六五番石地」の「地主」について中野村の「村持」として地券を発行していることも認められるので、右総計簿は単なる地主側の一方的な報告ないし届出文書ではなく既に所有権の所在が明らかになつた土地についての地価の申告書としての性質を有するものであり、また、元文裁許」(本文は前掲「山中村入会関係史料集」一、〔史料一六〕及び<証拠省略>に掲載)は明治をさかのぼること一世紀以上も昔の史料であつて幕末、明治年間頃の問題を論ずるにはその資料価値が乏しいばかりでなく、右裁許はその表題の示すとおりあくまで上吉田村ほか五ケ村と山中村ほか四ケ村間の入会紛争(「山論」)に関するものであつて単独村の入会関係に関する紛争ではなく、そこで山中村の「持山」の申立が立たないとされているのは同村の主張する「山中平野長池三ケ村持山」、「梨ケ原」に関してであり、比較的広範囲の状況をとらえているかにみえる「富士山北面之儀者古来より村限り持山並山野境無之」との記載も訴人たる「六ケ村」の「訴趣」にすぎず、以上本文を精査するも右係争地に本件山林が含まれているとは到底認めることができない。<証拠省略>の記載中総計簿は「山中村の独断的主張である」「元文裁許によれば山中村には古来持山はない」旨の見解は前掲証拠及び判断に照らして採ることができない(なお、現に<証拠省略>において元文裁許に関する右見解を訂正している)。

(3) 控訴人は、被控訴人が本件山林の一部を防衛庁山中クラブ建設用地として賃貸したことは、本件山林が被控訴人の所有である証左であるというけれども、右契約をした経緯は、当初区長が自己名義で右土地を貸付けたことに氏子が異議をとなえたので区民大会を開いてその決定に基づいて契約当事者を変更したものであることは前記引用部分においての説示のとおりであつて、これに反する<証拠省略>はにわかに措信できず、<証拠省略>も右認定を左右するには足りない。

(4) 控訴人は、本件山林の登記名義が被控訴人名義であるところから(被控訴人の所有権は推定されるべきであると主張するが、被控訴人が本件山林の所有名義を有していることは当事者間に争いがないけれども、登記上の推定はこれを破る反証が存するときは右推定ははたらかないものであり、本件においては前記認定のように被控訴人には本件山林の所有権ないし処分権限のないことが明らかとなつたのであるから、被控訴人の右登記名義の存在することからその所有権の帰属を推定するに由なく、右主張は理由がない。

(5) 控訴人は、山中部落民が本件山林の払い下げにあたりその所有名義を被控訴人としたことが通謀虚偽表示に当たり、また、そうでないとすると本件山林の所有権を被控訴人に信託譲渡したと主張するけれども、本件山林が被控訴人名義とされた経緯は、前記引用部分において判示したとおり当時山中部落としては独立の法人格を有せず他に部落有地としての表示方法がなかつたためやむをえず氏神を祭祀する被控訴神社名義としたものであつて、前掲川島・渡辺鑑定、同石井鑑定並びに<証拠省略>によると、かかる措置は、法人格を有しない団体の総有的入会地にあつては広く全国的に行われていたことが認められるのであつて、本件山林の登記名義を被控訴人名としたことをもつて、所有権の信託的譲渡があつたとか又は所有権譲渡の仮装の意思表示があつたとは到底認められず、控訴人の右主張はすでにその前提において失当であり採用のかぎりではない。

(6) 控訴人は、山中部落民の本件山林に対する入会利用について、同部落では激変する社会情勢及び農業構造の変化等により、もはや本件山林からの採草を必要としなくなつて採草の入会利用の慣行は消滅し、また燃料の普及等生活条件の変化に伴い本件土地からの小柴刈りの慣行も消滅し、採石に至つては全く利用に価しないものであると主張し、<証拠省略>によると、山中部落民の本件に対する入会利用の需要度は生活様式、農業経済事情等生活条件の変化に伴い従前の純農業経済時代に比して低下し、他に山林、地所を有する部落民にとつてはさほど大きくない状況にあることはうかがえるけれども、前記引用部分に挙示した各証拠及び<証拠省略>によると部落民の本件山林利用の大勢は、依然として山林撫育のために下刈りをし、家畜飼料、緑肥用に採草し、豆類のそえ木及び燃料用にソダ木を採取し、井戸、塀等の建造に転石を使用していることが認められるのであるから、入会慣行が消滅したとする右控訴人の主張は採用するに由なく、その余の証拠を検討するも右認定を左右するに足りるものはない。

(7) 控訴人は、仮りに山中部落に入会権が存したとしても、それは前記官有地編入処分によつて消滅したというべきであり、このことは大審院及び最高裁判決の趣旨に照らしても是認されるべきであると主張する。

しかし、入会権の対象となつていた土地が明治初年の官有区分処分によつて宮有地に編入されても入会権は右処分によつては当然に消滅しなかつたものと解すべきであり(最高裁昭和四二年(オ)第五三一号同四八年三月一三日判決参照、控訴人の援用する大正四年三月一六日大審判決は右最高裁判決により一部変更された)、本件土地が昭和七年一たん官有地に編入された当時においても、山中部落民が本件土地について有した入会慣行及び入会集団の統制については従前のとおり何ら変更がなかつたことはさきに引用部分において詳述したとおりであつて、他に官有地編入処分によつて本件入会権が消滅したものと認める資料は存在しないから、右控訴人の主張も理由がない。

三  当事者参加人らの本訴請求について。

当裁判所は、当事者参加人ら及び選定者は山中部落の構成員としての資格を有しているので本件参加は適法であり、本訴請求のうち参加人らが本件山林に対し山中部落民として有する入会権に基づくその土地上の立木の小柴刈り、下草刈り及び転石の採取を内容とする使用収益権の確認を求め、控訴人の経由した前記地上権設定登記仮登記の抹消登記を求める部分は、いずれも理由があるから認容すべく、控訴人に対して妨害排除を求める部分は理由がないから棄却すべきものと判断するものであり、その理由は左記のほかは原判決の理由説示(原判決五四枚目裏八行目から五六枚目裏八行目まで)と同一であるからこれをここに引用する。

(1)  控訴人は、選定者のうち坂本佐内、関野義磨、大森照元は山中部落から他へ転出していて部落民としての資格を喪失していると主張し、<証拠省略>によると、前記三名は住民登録上はそれぞれ大阪府、横浜市、甲府市へ転出していることが認められるけれども、<証拠省略>によると、右三名が右各地へ転出したのは出稼ぎのためであつて、年間相当日数は山中部落に帰つており、同部落内には家屋、田畑を依然として所有していて実家に残つている実母等がその管理、耕作に当たつており、部落内の諸役、テンマ等の義務も果たしているのであつて、部落内においても右三名は未だ部落内の永住を放棄していないものとして取扱われていることが認められるから、同人らは山中部落民としての資格を有しているというべきであつて、前記<証拠省略>をもつてしては右認定を左右するには足りない。

第三むすび

よつて、以上と同旨で控訴人の請求を棄却し、当事者参加人の請求のうち、前記内容の使用収益権の確認及び仮登記の各請求を認容し、その余の請求を棄却した原判決は正当であり、本件各控訴はいずれも理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 古川純一 岩佐善巳)

選定者目録<省略>

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